大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和53年(行ウ)28号 判決

原告 三浦敏只

被告 国

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者双方の申立

(原告)

1  被告は原告に対し、別紙物件目録記載の各物件(以下、「本件物件」という)につき、宮崎地方法務局昭和五一年六月五日受付第二一六二四号の差押登記(以下、「本件差押登記」という)の抹消登記手続をせよ。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

(被告)

主文同旨。

第二当事者双方の主張

(請求原因)

一  大阪国税局長は、昭和五一年六月一日付で、訴外富士栄興株式会社(以下、「訴外会社」という)に対する国税債権の滞納処分として本件物件につき差押処分(以下、「本件差押処分」という)をなし、被告のため本件物件につき本件差押処分を原因とする本件差押登記がなされた。

二1  本件物件は原告の所有である。

2  本件物件については宮崎地方法務局昭和四九年五月二七日受付第一七一九一号をもつて原告から訴外会社へとの所有権移転登記がなされていた。

3  大阪国税局長は、本件物件の登記簿上の所有名義人が訴外会社となつていたことから訴外会社が所有者であると誤信して本件差押処分をしたものである。

4  したがつて本件差押処分は無効であり、本件差押登記は抹消されるべきである。

三  よつて、原告は被告に対し、本件物件につきなされた本件差押登記の抹消登記手続をすることを求める。

(被告の答弁)

一  請求原因一項の事実は認める。

二  同二項のうち、原告が本件物件を所有していたこと及び同項2の事実は認め、その余は争う。

(被告の抗弁)

一  原告は、昭和四九年五月二〇日本件物件を訴外会社に売渡した。

二  仮にそうでないとしても、原告は、本件物件を担保として資金を調達しようと、右主張の頃訴外会社にその旨を依頼し、訴外会社に本件物件の所有権を譲渡し、原告主張のとおりの所有権移転登記手続をなし、資金の調達を委ねたものである。

したがつて原告は本件物件を訴外会社に信託的に譲渡したものであり、その内部関係をもつて第三者に対抗することはできない。

(抗弁に対する答弁及び再抗弁)

一  被告の抗弁事実は否認する。

二  原告は、不動産業を営んでいたところ、業績不振のため資金を必要とするようになつた。しかし多額の債務があつたため自己の名で金融機関から融資を受けることは不可能な状態であつた。

そこで昭和四九年五月訴外会社に融資を受ける方策について相談し、その結果、原告と訴外会社との間で、本件物件の所有名義を訴外会社に移し、これを担保として、訴外会社が、取引先である訴外朝銀兵庫信用組合(尼崎支店)(以下、「訴外信用組合」という)から、原告のために融資を受けるとの合意が成立した。これにしたがい請求原因二項2のとおり本件物件につき所有権移転登記をしたものである。

したがつて右登記の登記原因となつている昭和四九年五月二〇日付売買は仮装のものであり、原告及び訴外会社ともに本件物件につき所有権を訴外会社へ移転する意思はなかつた。

(再抗弁に対する答弁及び再々抗弁)

一  原告の売買が仮装であり所有権を移転する意思がなかつたとの主張は争う。

二  仮に売買が仮装のものであつたとしても、被告(大阪国税局長)はそのことを知らずに本件差押処分をし、本件差押登記がなされたものである。

したがつて原告は、民法九四条二項により善意の第三者である被告に対し、所有権移転の無効を対抗し得ない。

(再々抗弁に対する答弁及び法律上の主張)

一  国や地方公共団体が優越的意思の主体として命令、強制し法律関係を形成する権力作用は、私法関係とは異質的な公法関係であり、私人間の利害調整のためにある私法規定の適用や類推適用はなく、特に民法九四条二項が適用されないことは最高裁判所の判例とするところである。

本件差押処分が権力作用であることは明らかであるから、民法九四条二項の適用はない。

二  国税徴収法は、国民の納税義務の適正な実現を通じて国税収入を確保することを目的としており、国税収入の確保はあくまでも、国民の納税義務の適正な実現を通じてなされなければならない。

税は、納税義務者の財産から徴収すべきであり、納税義務者以外の者の財産から徴収することは許されない。国税収入を確保するために、納税義務者以外の者の財産を奪取することは国税徴収法の趣旨、目的に反し許されない。

本件において民法九四条二項を適用することは、訴外会社に対する租税債権にもとづき原告の財産を奪取することとなり、国税徴収法の趣旨、目的に反しており許されない。

三  被告が善意であるとの主張は否認する。

即ち、訴外会社は、昭和四八年末には約七、〇〇〇、〇〇〇円の国税を滞納しており、他に多額の負債をかかえ倒産寸前の状態にあり、又本件差押処分当時の滞納税額は約一五、〇〇〇、〇〇〇円を超えていた。このような資産状態にあつた訴外会社に本件物件を購入する資力がないことは明らかである。そして被告は訴外会社の右の如き資産状態を熟知しており、本件差押当時、売買が仮装であることを知つていたか、あるいはこれを知らないことにつき知つていたと同視しうる程度の重大な過失があつた。

(原告の法律上の主張に対する反論)

一  私法規定のうち法の一般原理・原則を規定したもの、法律技術的な約束の表現と解されるべき規定が公法関係に適用されることはもちろん、それ以外の規定についてもその基本をなす当事者間の経済的な利害の調整の精神は公法関係についてもその性質の許す限りこれを適用または類推適用すべきである。

滞納者の財産を差押えた国の地位はあたかも民事訴訟法上の強制執行における差押債権者の地位に類するものであり、租税債権がたまたま公法上のものであることは、この関係において国が一般私法上の債権者より不利益の取扱いを受ける理由となるものではない。

また、一般に私債権に基づく差押債権者が民法九四条二項にいう第三者に当ることは異論のないところである。

そうすると、滞納処分による差押えの関係においても民法九四条二項の適用又は類推適用があり差押債権者である国は右法案の第三者に当ると解すべきである。

二  「国民の納税義務の適正な実現」とは法律に定める範囲において租税債権の回収を図ることをいい、具体的には〈1〉納税者の財産に対する滞納処分及び、〈2〉法律が許容する場合における納税義務者の拡張、すなわち本来の納税者以外の者からの徴収を含み、更に、〈3〉広く私法関係が問題になる場合には(例えば民法四二四条等)私法秩序に則つて国民の納税義務の履行を求めることをも包含するものであつて、被告が民法九四条二項の適用を主張しても何等国税徴収法の趣旨・目的に反するものではない。

第三証拠〈省略〉

理由

一  請求原因一項の事実即ち大阪国税局長が昭和五一年六月一日付で本件差押処分をし、同月五日本件物件につき本件差押登記がなされたことは当事者間に争いはない。

二1  原告が本件物件を所有していたこと及び請求原因二項2の事実即ち本件物件につき昭和四九年五月二七日原告から訴外会社へとの所有権移転登記がなされていることは当事者間に争いがない。

2  成立に争いのない甲第一乃至第五号証、証人加藤友一の証言によれば、原告は、不動産業を営んでいたところ、営業不振のため多額の債務を負担し、事業資金に窮し、又昭和四九年二月項から訴外会社に手形の割引を依頼していたが、それにより訴外会社に対し約金六、五〇〇、〇〇〇円の債務を負担し訴外会社からその返済をせまられていたこと、そのため原告は資金を必要としていたが、多額の債務を負担していたため、自己の名で融資を受けることは困難な状態にあつたこと、そこで原告は、本件物件を担保として金一五、〇〇〇、〇〇〇円程度の資金を得たいと考え、昭和四九年五月中旬、その方策につき訴外会社の代表取締役であつた訴外加藤友一に相談したこと、その結果その頃原告と訴外会社との間で、本件物件の所有名義を訴外会社に移し、訴外会社が、訴外会社の取引金融機関である訴外信用組合から、本件物件を担保に原告のために融資を受け、その中から原告が訴外会社に対し債務を完済し、その余を原告の事業資金とする旨の合意が成立したこと、そして右合意に基づき本件物件につき昭和四九年五月二〇日付売買を原因として前記のとおりの所有権移転登記がなされたことが認められる。

右認定の事実によれば、右認定の原告と訴外会社との本件物件に関する合意は、訴外会社が、原告のために本件物件を担保として他から融資を受けることを目的とした、原告から訴外会社への該所有権の譲渡即ち所有権の信託的な譲渡であると解するのが相当である。若しそうではなく本件物件につき原告から訴外会社へ所有権が移転していないものとすれば、訴外会社が本件物件につき有効に担保権を設定することはできず、それは原告及び訴外会社の真意にそぐわないものとなるからである。

したがつて、本件物件の所有権は、訴外会社へ移転していることとなり、ただ原告と訴外会社との間において、訴外会社は原告に対し、本件物件を、原告のために融資を受ける目的でのみ担保に供すべきで、他の目的で担保に供したり又は処分することはできないとの義務を負う関係にあるものではあるが、しかしこの原告と訴外会社との間の内部関係をもつて第三者に対抗することはできないものと解する。

三  ところで、一項掲記のとおり、被告の機関である大阪国税局長が訴外会社に対する租税債権に基づき本件差押処分をなし、それに基づき本件差押登記がなされたのであるから、被告が第三者に該当することは明らかである。したがつて原告は被告に対し、本件物件が原告の所有であるとか又前掲の如き原告と訴外会社との間の内部関係を主張することはできない。

なお本件の如き公法上の関係につき、右の如く私法上の法規、法理を適用することの適否につき判断する。滞納処分においては、国は執行機関としての地位と共に租税債権者としての地位をも有しているのであり、後者の地位は、民事訴訟法上の強制執行における一般私法上の差押債権者の地位と本質的に異るものではなく、債権の発生原因が公法関係によるものか、私法関係によるものかの差があるに過ぎないものと解する。そうすれば、租税債権はその成立原因が公法関係によるものであるからといつて、本件の如き法律関係において、これと一般の私法上の債権とでその取扱いを異にしなければならない理由は見出し得ない。したがつて本件においても前記のとおり、原告は被告に対し、本件物件の所有権或いは原告と訴外会社との内部関係を主張し得ないことに変りはない。

又前記のとおり、本件物件の所有権は一応訴外会社へ移転しているのであり、ただ原告と訴外会社との間において前記のとおりの法律関係が存するというに過ぎないのであるから、本件において原告の請求を認めないからといつて法律上納税義務者以外の者の財産を奪取することにはならず、又適正な法解釈に従つている以上何ら国税徴収法の趣旨目的に反するものではない。

四  以上により原告の本訴請求は失当であるのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 荻田健治郎 寺崎次郎 市川正已)

物件目録〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例